Presented by AYURIN
Episode of “Halloween”
第一章
『オカルト∞カルト∞エスケイプ』
誰も知らない。誰にも知られてはいけない。
人里を遠く離れた深い深い森の奥に、荘厳な石造りの大きな館が聳え立っている。
昼か夜かも分からない程に鬱蒼と広がる森の中、一体いつから、何のために、誰が住んでいるのか。
まことしやかに語られる噂話はどれも的を得ないことばかりだ。
「獰猛な狼さえも丸呑みしてしまう程の大男が住んでいるんだ」
「とっても綺麗なお姫様が住んでいて、王子様を待っているらしいの」
「ドラゴンと骸の竜騎士が財宝を守っているって聞いたぜ」
信じるか信じないかは人それぞれ。しかし、この噂話は不思議と時の流れに消え去ることはなく、いつの時代でも語り継がれている。
ギィィィィ。
重たい木製の扉がゆっくりと開かれ、石畳のエントランスホールに物悲しい葬列のような異様な一行が顔を覗かせた。
先頭を行くのは黒いローブに身を包んだヒトの形をしたナニカ、枯れ木のような手には鎖が握られており、その鎖が伸びる後方にはボロ雑巾のような恰好で俯いた、本来なら賑やかに走り回っている方が正しい在り方であるはずの幼い子供たちが繋がれていた。
それを一言で表すなら、奴隷。
手枷足枷をはめた子供たちは、性別や身長、目や肌の色も様々で、唯一同じことがあるとすれば、皆一様に既に何かを悟っているかのような暗い表情をしていることだけだ。
「あぁ。また新しく子供が連れてこられてる」
朝の一仕事を終え、午後のお勤めへ向かう道中。
僕は吹き抜けから階下のエントランスホールに視線を落とした。
「いや、いやだよ。帰りたい」
「パパ、ママ…」
堪えきれずに泣き喚き始めた子供たちに、神官の一人が詰め寄る。
子供は真っ青な顔になりながら、寡黙になり、行列は奥へと歩みを再開した。
ここからでは何を言っているのか分からないけれど、何か恐ろしいことを吹き込まれたのだろう。
見慣れてしまった光景に、僕は見て見ぬフリをすることしかできない。
ここは”トワノミコトノ教団”が運営する孤児院。
物心がついた頃には、僕はこの孤児院にいて、神官と呼ばれる教団のオトナたちに言われるがままに奉仕という名の労働を強いられている。
両親の顔も、この孤児院の外のことも何も知らない。
ただ教団の教えに従って働いている。
教団の為に働けば、いつの日か神様から”永遠ノ命”を授かることができる。
それが僕たちが信じるべき教え。
毎日のように新たな子供を攫って来ては、教団のために働かせている。
それに気づいた時には、自分も同じように何処からか攫われて来たのだろうと勘付いてしまった。
こんな辛い労働を強いられるなんて知っていれば、誰も自ら望んでここには来ないはずだろう。
だから、ここは孤児院とは名ばかりの邪教だ。
僕は教団の教えを信じてなんかいない。
だからと言ってそれを口にも態度にも出すことはしない。
それを拒むことは考えただけでも恐ろしい。
ここにいる子供たちは皆、教団のオトナたちには従順だけど、時々、言いつけを守らなかったり、労働から逃げ出そうとする子がいたりする。
そういう子供に対して教団は“洗礼”を与える。
“洗礼”は離れにある塔にで執行され、どんなことが行われているかは知らないけれど、連行された子は皆、魂を抜かれたかのような抜け殻になって帰ってくるんだ。
そして、暫くすると薄ら笑いを浮かべて何かをボソボソ呟きながら精巧に作られたねじ巻きの人形のように働く。
そんな子供たちの様子を見たら、教団に背こうと思わない理由が分かるだろう。
「可哀そうに…」
新しく連れて来られた子供たちに同情を抱くのも何度目だろう。
他人の心配をしてる暇なんて僕にもないけれど、ここに連れて来られた時点で悲惨な人生を決定付けられていることを悲しく思わずにはいられない。
ただ。
最近、脱走があったという話を聞いた。
なんでも、空飛ぶ島から降りてきた男が、女の子一人と猫一匹を奪い去って行ったって。
神官たちがいつになく取り乱して騒いでいた。
女の子はともかく、この孤児院に猫なんていたのか?
まぁ、どうでもいいか。
脱走なんて、想像もしたこともない。
件の話みたいに誰かが手を差し伸べてくれない限りは無謀なことだ。
下手なことをして“洗礼”を受けるなんてまっぴらごめんだ。
空飛ぶ島、か。
外の世界はどんな景色が広がっているんだろう。
ここから見える景色は深い緑一色の世界。
その先にはいったい何が待っているのだろう。
こんな息苦しい場所とはきっと何もかも違ってるんだろうな。
想像もできないや。
「そこ、手が止まってるぞ」
「す、すみません…」
いつも無心でこなしている作業、嫌でも染み付いてしまった動作を忘れてしまうほど自然と思い馳せてしまった。
やめだ。
変な想像をしたって、そんなものは幻想でしかない。
もし、この孤児院の外に出ることが叶ったとして、どうやって生きてゆけばいいんだろう。
ここでの暮らしが当たり前な自分が、外の世界で生きていく術を持ち合わせているはずがない。
「もう、こんな生活イヤだ」
隣にいる子供がポツリと呟いた声に、はっと我に帰る。
あぁ。
また考え込んでしまった。
辺りを見渡せば、冷たくて重厚な石の壁に囲まれ、神官たちの監視の下、労働を強いられる子供たち。
そして、教団の意志に背こうものならば、待ち受けている“洗礼”。
時計仕掛けのような繰り返しの毎日に希望の光が差し込む隙間なんてないという事実を改めて突き付けられる。
午後の労働を終えてからも僕はずっと考え事を続けてしまっていた。
きっとここにいる誰もが一度は考えるはずだ。
この抑圧されたセカイから解き放たれた未来を。
だけど、誰もがそれを幻想だと思い込む。
それは紛れもなく、威圧的な教団の神官たちと労働を強いられるこの環境、“洗礼”への恐怖心がそうさせるからだ。
だからこそ、今芽生えたこの気持ちこそが本当の気持ちだと確信した。
こんな場所に居たくない。
訳も分からず朝から晩までずっと働かされ、外の世界も知らないまま一生ここで暮らしていくなんて、冗談じゃない。
僕はこの決心が揺らいでしまわないように、今夜、この牢獄を脱出する。
就寝の時間になり、どれくらいの時間が経っただろうか。
静寂に包まれた暗闇の中、脱出を考えた時に真っ先に思いついた場所に僕はひっそりと息を潜めて歩き出した。
ずっとこの孤児院に幽閉されて暮らしてきた僕らの世界はとても狭い。
だからこそこの世界を捉える瞳は自然と隅々まで見渡そうとしていた。
恐る恐る誰にも見つからないように辿り着いたのは、“洗礼”が行われる離れの塔に向かうための連絡通路だ。
僕自身、塔へ行ったことはないけれど、塔への通路の場所は分かる。
“洗礼”を想起させるその場所に喜んで近付く人はいないが、僕にとってはエントランスの扉を除いて、唯一外の光が差し込むのを見たことがある特別な場所と印象に残っていた。
護身用のために持っていた箒で外が見える透明な壁を力の限り思いっきり叩き付ける。
パリンという音が静寂を引き裂く。
正直それが簡単に割れてしまったことに驚いたが、すぐに身を乗り出して四角い抜け穴に身体を押し込む。
着地のことを全く考えていなかった僕は、勢いのまま身体が宙に投げ出される。
落下してると思った次の瞬間には腰を地面に打ち付けた鈍い痛みを感じていた。
それと同時に本当に外に出られたという喜びがぞわぞわと沸き立ってきた。
「走れ、逃げるんだ」
喜びに勝る生存本能が痛みを忘れさせ、僕の足を動かさせる。
初めて踏みしめる外の世界に思い馳せる暇もなく、僕は前のめりになって暗闇の中を駆け出した。
カタチのないものに希望を抱き信じ崇める者、救いを求め自らのチカラで道を切り開く者。
抱える痛みや叶えたい願いは人それぞれ。
抑圧されたセカイの中、少年の心に燻っていた自由を願う意志が、今、小さくとも力強く火を灯した。
ストーリー原案 :あずきあずさ
ノベライズ :春夏
世界感に吸い込まれる作品
あゆりんの作品を知ることで、ストーリーの繋がりが見えてより楽しめますね!
第2章ではどんな世界が待ってるのか楽しみです
天&才。
今までもこれからも素晴らしい世界を見せてもらって感謝。