【Episode of “Halloween”】第二章『人食い魔女のエターナル・キャッスル』

Presented by AYURIN
Episode of “Halloween”

第二章
『人食い魔女のエターナル・キャッスル』


昔々、深い森の奥、霧がかる沼地の畔。
蔦が這い苔むした廃城に、それはそれは美しい魔女がおり、名をナルシサスと言いました。
魔女がいつから、何のためにこの城に住み着いているのかを知るものはいません。
何故なら、この城に訪れる者はいても、この城を去って行くものはいないから。

この世のどこにも存在しない色をした不吉を告げるオウム。
恥ずかしがり屋で視線を合わさない肖像画の淑女。
喋ったり、時には動き回るのに臆病な白虎の毛皮の絨毯。
魔法のチカラによって生を受けたお化けたち、その城に巣食う地縛霊や魔女に憑いてきた浮遊霊たちと共に暮らす魔女は、永遠とも言える時を過ごして来ました。

永遠の時を生きる魔女がまだ幼い頃から、この城に棲まうモノたちにはとある習慣がありました。
彼女らは時折、魔法のチカラで人間を誘き寄せ、歓迎のパーティーで手厚くもてなした後、人間を食べてしまうのでした。
ナルシサスにとっては、人間を食らうことに特別な意味はなく、ただ城の仲間たちとの楽しい記憶が、悠久の時の中で寂れた廃城に染み付いているのでした。
そして、また美しい魔女と愉快なお化けたちの饗宴は繰り返され……。

「あら、今回は可愛らしい御馳走がやって来たみたいね」
多種多様な言語で記された書物が所狭しと並ぶ本棚に、魔法の研究成果を記すための机、世界各国から蒐集したアンティークの調度品やオーパーツが飾られたガラス張りのキャビネットに囲まれた部屋。
魔女の背丈ほどある透き通るような瑠璃色の水晶には、城門の大きな扉を叩く少年の姿が映し出されていた。

「でも様子がおかしいよ?」
宙を漂う白布のゴーストが水晶に目を凝らしたあと、魔女の顔の前にググっと近付いて言った。
「見てみてよ!」

ゴーストはいつも大袈裟な物言いをすることを魔女は知っている。
けれど、いつにも増してうるさい気がして、魔女は椅子から降りて水晶に近付いてみる。

水晶の中にいる少年は金糸のような髪に深紅の宝石の瞳をしており、今まで見てきた人間の誰よりも眩しく、魔女の目に映った。

「美しい……」
自然と口から零れた。

「ナル様が人間を好きなった!?」
「うるさいですよ。人間などに深い興味を抱いたりはしませんわ」
「あっ。ナル様ナル様、それより見て下さい」
ゴーストが慌てた様子で急いで水晶に近付いてゆく。

「た、倒れちゃったよ!?」
「まぁ、それは心配ですわね」
「え、どこに行くのですか?」

魔女は外行きのハットとローブを纏い、お城から離れた城門に倒れ込んでしまった少年を迎えに、出窓から箒に乗って外へ飛び出してしまいました。

「ナルシサス様! 大慌てでどこへ行くんだい!?」
庭の花や木々の精がいつになく急いでいる魔女の姿を見て一同に驚嘆の声を上げます。
魔女はそれらの声が耳に入ってるのか、いないのか、一瞥することもなく去って行きました。
「行っちゃった」
「行っちゃったねー」
「どうしたんだろー」
「ナルシサス様キレイだったねー」
「うん。キレイだったー」

「ナル様!ナル様!」
「どうしたの?」
ゴーストがドアをすり抜けて隣の部屋からやって来た。
慌てた様子で駆け寄ってくる。
どんな報せを持ってきたのか、察しがついていながら、何も知らないように聞き返す。

「あいつ、起きたよ!」
「客人ですよ、あいつ、だなんて。言葉遣いには気をつけなさい」
「はぁい。ごめんなさ~い」

コンコン。
「失礼致しますわ」
木製の扉を開き、少年が眠る天蓋付きのベッドに一歩一歩を踏みしめながら歩く。
こちらに気付いた少年が身体を起こした。

「身体の具合はどうかしら?」
「はい、お陰様で」
コクリと頷く少年の表情は戸惑いに満ちているのが分かったけれど、不思議と警戒心を感じなかった。
私の城に訪れる人間たちは、いつも私に見惚れた表情をしながらも恐怖心が透けて見えていた。
この少年にそれを感じないのは、まだ幼いからなのでしょうか。
いいえ、それだけではない。
幼い少年が倒れてしまうほど息を切らしてここを訪ねて来ること、しかも、普通の人間が出歩くには不自然極まりない時間に。
不思議だわ。

「私の名前はナルシサス。あなたのお名前を教えて下さるかしら」
「……」

少年は躊躇いながら口を開くのでした。
「僕には名乗る名前がないのです」
深紅の瞳が震えるのを見て、私は思わず少年をそっと抱きしめました。
「外は寒かったでしょう。暖かいホットチョコレートと、カボチャのパイがありますの。さぁこちらへ」

客人たちと茶会を楽しむための大広間へ、手を取って連れてゆくと、テーブルに並べられた御馳走を見て、少年は喉を鳴らした。
「お腹を空かしているのでしょう」
「う、うん」
「遠慮はいらないわ、どれでも好きなだけ召し上がれ」
「ほ、本当に良いのですか?」
「ええ。どれも皆あなたのために用意致しましたの。さぁ、たーんとお食べ」
「はい。ありがとうございます。いただきます」

美味しそうに料理を口に運ぶ少年は、こちらの様子をチラチラと窺っている。
「ナルシサス様は、食べないのですか?」
「ええ、大丈夫よ」
私を気遣ってくれる優しい少年に「この後あなたを頂くから平気よ」なんて口にできないもの。

「ごちそうさまでした。こんなに美味しいものを食べたの初めてです」
「そう、それはとても良かったわ」
「あの、ナルシサス様」
幼子特有の無邪気さとは違った真っ直ぐな眼差しで少年は言った。
「恩返しをさせてください」

今まで出会ってきた人間たちの誰も、月並みな感謝の言葉を述べはするものの、私に何かを返そうとしたものはいなかった。
ふふふ。
思わず笑みが零れてしまう。

「な、何かおかしなことを言いましたか?」
「ふふ。そうね、とても面白いわ」
「えっ、そうですか?」
「ええ。あなたは不思議ね」
首を傾げる少年の頬が少し赤く火照る。

「ねぇ。一つお願いしてもいいかしら」
「はい、僕にできることなら、何でも」
「私にあなたの名前を付けさせてちょうだい」

名前を付けるということは、命を吹き込むことと同じ。
この少年はそのことの重大さを理解していない。
陳腐な言葉だけれど、この少年は愛を知らないのでしょう。

「少し考える時間を頂けるかしら」

少年は私に名前を付ける権利だけでは対価にならないと、お城の掃除を買って出てくれた。
この城を一通り手入れするには月が満ちて欠け、また満ちるほどの時間が掛かるだろう。
少年はそれを聞いて、一瞬たじろいだけれど、任せて下さいと胸を張った。

「ナルシサス様、浴場の掃除終わりました」
「そう、ありがとう」
「次はどこを掃除しましょうか」
「張り切ってくれるのは嬉しいけれど、そろそろアフタヌーンティーの時間にしましょう」

人間が私の城に住まうなんて考えもしなかったけれど、悪くないと思えるのはきっとこの少年が特別だからでしょう。
少年の心が徐々に開き始めているのが分かった。

「あなたの名前を決めたの。聞いてくれるかしら」
「はい。聞かせて欲しいです」
「ディル。あなたの名前は今この瞬間からディルよ。どうかしら?」
「ディル。なんだか良い響きですね」
「えぇ。とっておきの名前よ」

興味深いこの少年のことを、どうやら私はひどく気に入ってしまったみたいらしい。

「それから、ここの皆は私のことをナル様と呼ぶわ。あなたも堅苦しくなくそう呼んでくれて結構よ」
「はい。分かりました」
「あと、口調ももっと軽くていいわ」
ディルは私が言った言葉が理解できていないのか、目を丸くする。

「オイラみたいにってことでしょ?」
ゴーストが何故か威張るように胸を張っている。
「あなたは私への敬意が足りないのだけれど」
「えぇっ!? そんなぁ」

「ふふっ。あはは」
私とゴーストのやり取りを見てディルは声を出して笑った。
少年の屈託のない笑顔がこの城に新たな風を吹き込んでゆく。
人間嫌いな怪異たちまでも、少年を気に入り出していた。

パリンっ。
「ナル様ナル様、あいつナル様が大事にしてた花瓶を割った!」
「すみません、ナルシサス様!」
「いいのよ、ディル。それより、怪我はしていないかしら。あと、あなたは騒ぎすぎよ。ディルは一生懸命、この城をキレイにしようとしてくれているのだから」
ディルとゴーストは揃ってしょんぼりとする。

「僕は大丈夫。だけど、大事な花瓶が……」
「いいの。カタチあるものはいつか壊れてしまうもの。仕方ないことよ」

カタチあるものはいつか壊れてしまう。
自らの口で告げたその言葉が頭の中をグルグルと回る。
あぁいつかディルとの暮らしにも終わりがやって来るのかしら。

「終わった~」
「ご苦労様。ディルのおかげで私のお城が一段と美しくなったわ、ありがとう」
「いえいえ、僕がやりたくてやったことなので、喜んでもらえて良かったです」
「今夜はいつもより豪華なパーティーにしないといけませんね」
「いつも、豪華じゃないですか?」
「そうかしら?」

少年の恩返しはこれでお終い。
この城にディルを閉じ込めておける理由はもうなくなった。
こちらから別れを告げるのが心惜しくて、少年がここに居たいと言い出さないか、なんて考えてしまっている私がいる。
私のチカラを持ってして人間の子供一人、意のままに操ることはとても容易いこと。
けれど……。

「さぁ、今夜はディルとの出会いを祝して最高のパーティーを始めましょう」
「カボチャのパイだ。僕、これ好きなんだ!」
「ええ、ディルの好きなものはもう知り尽くしてるもの。さぁたーんとお食べなさい」

楽しい時間を刻む古時計は駆け足で、宴の終焉が近付く気配を感じて先に耐え切れず言葉を零したのはディルの方だった。

「ナルシサス様」
「どうしたの? 改まって」
「僕、この城にやって来れて、ナル様と出会えて良かったと思っています。」
「ええ、私も。ディルといるのはとても楽しいわ」
「これからもこのお城にいてもいいかな?」
「ふふ」

ディルからそんな言葉を聴けるなんて。
思わず悪い笑みが零れてしまう。

「ええ。ずっとここにいたらいいのよ。ここにはなんだってある。あなたを退屈にさせたりしないわ。私たちと共に生きましょう」


ストーリー原案 :あずきあずさ

ノベライズ :春夏



“【Episode of “Halloween”】第二章『人食い魔女のエターナル・キャッスル』” への2件の返信

  1. 永遠の時を過ごす中での一人の少年との出会い。
    何でも意のままにできる魔女ナルシサスが、あえてディルの口からその言葉を言ってもらうために振る舞うあたりに、ナルシサスの気持ちがよく表れてますね。
    これを読んだあとにあらためてMVを見ると最後のものすごく切なくなる🥺

  2. 気づいたら世界観に没頭してしまうくらい今回も天&才でした。
    そしてゴースト可愛い。

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